north note.

なんてことないミリタリブログ、独断と偏見と趣味と好みとセンスのないチョイスで古いのから現代までの兵器に対し思ったこと調べたことを綴る。

最初の半自動小銃

 世界最初の半自動小銃モンドラゴンという説が通説だったが最近はそれが誤りであるということがわかった、実はデンマークのマドセン M1888が最初の半自動小銃ということが判明した。

 M1888は要塞での定点防衛を想定していたが、実際に50挺が生産され送り込まれたのが通常の戦場だった為に構造の複雑さから動作不良が問題視されたという。(初期の半自動小銃の例に漏れず汚れにとても弱かったのだ)

M1888は実銃が残っているものの構造がよくわかっておらず、謎銃の一つである。

ãMadsen-Rasmussen 1888ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 その後開発されたのがマドセンM1896でこちらはしっかりとデンマーク軍に採用されたが海軍等への少数配備にとどまっている。コストが高く大量配備には向いていなく、半自動小銃というカテゴリーがまだ軍に理解されてなかったのだ。

史上初の半自動小銃である本銃は輸出も考えられていたようだがコストの問題で結局実現しなかった。

ãmadsen-rasmussen 1896ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

その後これらの銃をベースにマドセンM1902が設計され、各国で50年以上使用される傑作機関銃となった。

 

ショーシャ機関銃のバリエーション 後編

 前回は試作品から有名なmle1915までを紹介したが今回はその後のバリエーションについて紹介する。

 

フランスの兵器は欧州へ参戦したアメリカ外征軍へ付与されたがショーシャもその例に漏れずアメリカ軍へと付与された物の一つで、アメリカの.30-06弾を使用できるように仕様変更されたモデルが導入された。

ãChauchat m1918ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

それがこのショーシャM1918だが、今日語り継がれるほとんどのショーシャ機関銃の悪評は本銃の評価によるものである。

元々フランス軍の8x50Rルベル弾企画で設計されているので.30-06弾とは相性が悪く、薬室の寸法違いから来る排莢不良の多さや弾薬の発射エネルギーに耐えれず故障するなどあり、アメリカ軍ではM1918はほぼ使われることがなくオリジナルのMle1915が使用されたと言われている。

 

 次はドイツ軍が鹵獲し8x57マウザー弾へ対応するために改造したモデルで、この奇妙な形のマガジンは元の半円型のマガジン接合部へ合わせる形で作られたと言われているが、詳しいことはわかっておらず、謎多き銃の一つである。

 

 他にも中国軍で試作のベースにされ、こちらは7.92x57マウザー弾に対応したものであったようだ。※資料が余りにも少ないため割愛 

 

 

 

ショーシャ機関銃のバリエーション

 今日ショーシャ機関銃といえば悪名高い欠陥銃として有名であるが、そんな銃にも色々なバリエーションは存在した。

 

 まずショーシャの試作品に当たるショーシャ=シュターMle1911軽機関銃がある。この機関銃は使用弾薬や作動方式、装弾数はショーシャと同じであるが、外見的特徴としてマガジンが上部にあることが挙げられる。

発射レートは200~300RPMとこれもショーシャとほぼ同じである。

 

関連画像

 その後1913年に全体を切り詰めコンパクトにしたモデルが作られ、ショーシャMle1913と名付けられた。

諸々の性能は派生元と同じだがこちらは航空機へ搭載され使用されていたようである。

「Chauchat mle1913」の画像検索結果

航空機に取り付けられたMle1913

この2つを経て現在我々の知るCSRG Mle1915が誕生するのだが、この続きは後編にて・・・

 

Zielgerät 1229

1944年にドイツ国防軍は赤外線を用いて夜間の視界を確保する暗視装置の開発に着手した。そこで開発されたのがZielgerät 1229、今日ではヴァンパイアの名で知られている暗視スコープである。

アクティブ方式の為赤外線投射装置を利用し赤外線の光のみを出力するため相手の体温等で索敵をすることはできず、装置から投射された光のみが頼りであった。

実戦投入は1945年2月でありNachtjägerと呼ばれる部隊にStG44に取り付けられ運用された。

しかし初期のこのような装置の例に漏れず取り回しが悪く、スコープ本体で2.25kgの重量があり、さらにはバッテリーは外部に背負って持ち歩かねばならなかった。赤外線投射装置用の物で13.5kg、他に画像出力用の小型のものがあり総重量はかなりのものだった。

Sturmgewehr 44 (StG 44) And Zielgerät 1229

 

 

Howell Automatic Rifle

 1918年銃器設計士のN.ハウエルはSMLE MkIIIの設計を元に半自動小銃にしたバリエーションを試作した。

 ハウエルの行った改造はSMLE MkIIIの銃側面にガスチューブを取り付けボルトハンドルが自動で動くよう溝にはめ込みピストルグリップを取り付けるというもので、装弾数は従来のクリップを用いる10発か20発のボックスマガジンのどちらかを使用できた。

 大戦中に設計されたハウエルライフルであったが当時はあまり軍部から関心が持たれず、関心が集まるのは1940年になってからのことである。生産はされなかったが過去に試作として少数生産されたものが本国の武器庫へと送られホームガードにより使用されたようだ。軽量で武器その物の性能は悪くなかったが対空射撃用とされていた。

 

このようなストレートボルトハンドルでもない普通のボルトアクションライフルが半自動小銃にされることは稀であり、ハウエルライフル以外の例は今のところ南アフリカのリーダーライフルとニュージーランドのチャールトンライフルのみである。

 

 

このブログに訪問してくださった皆様へ

 本日本ブログの総アクセス数が1500をついに突破しました。

 元はといえばこのブログ、筆者である私自身が日本語Wikipedia様やMEDIAGU DATABASE様で取り扱われていないマイナーもいいところな銃器を自分や私自身の友人用にまとめようと思ったのがきっかけでした。

 何故このようなことになったのかというとElectronic Arts™より発表されたBATTLEFIELD1™のヘルリーゲルが余りにも謎すぎて興味を惹かれたというのがあります。ヘルリーゲルに限った話ではありませんが本作品にはおおよそ日本では聞いたことのない銃が多数出ており中には日本語ページが存在しない銃もありました。

 そういったこともあって本ブログを立ち上げノート代わりとして記録し始めたのです。(なのでブログ名はnorthnote)

 ほぼ月一回の更新であったり、扱う内容がマイナーすぎて普通の検索では引っかからない中、多数の方が訪問してくださったのはとても嬉しいことであり、ブログのネタ探しのモチベーションにもつながっています。本年の更新はこれで最後となりますが、2018年もどうかこのブログをご愛願いただければ幸いです。

 最後になりますが、このブログで記事を作成する際にお世話になったForgotten Weapons様と海外の銃器関連の様々なサイト様にこの場を借りて感謝申し上げます。

Meunier M1916

Meunier M1916ライフル

 1894年からフランス軍はセルフローディングライフル(セミオートライフル)の試作や試験を開始し、数ある試作品の中から1897年にエティエンヌ・メニエ氏が設計したSTA-A1に目をつけ同国初のセルフローディングライフルとして試作が開始された。

最初の試作モデルは装弾数8発で試験的に6x58弾を使用していたが、1909年に本格的にフランス政府より歩兵向けのセルフローディングライフルが要求されると、1910年に発表されたSTA-A1の改良モデルである同氏設計のSTA-A6が正式に採用されることが決定し1911年から1912年までテストされ、評価は極めて良好だったという。翌年よりメニエA6ライフルとして採用されるに至り、1913年に限定的に生産が開始されたが、戦争の脅威が迫り他の銃火器の需要が増したためWW1直前に製造が終了してしまった。

その後1916年にメニエM1916として再び生産されることになったが、構造がより簡易で8x50mmRルベル弾を使用するRSC1917の製造が始まったため製造ラインが切り替えられ約1000挺の生産をしたところで生産終了となってしまった。

僅か1000挺でありながら前線へ配備されたメニエM1916であったが、初期のセミオートマチックライフルの欠点である汚れへの弱さや構造の複雑さ故の整備の難しさが問題となり評価は芳しくなく、弾薬はフランス陸軍が共通で使用していた8x50mmRルベル弾ではなく本銃に合わせて設計された7x57mmメニエ弾を使用するため補給の面でも不便さが目立った。

結局RSC1917にその座を譲ってしまったメニエM1916であったが、15発のボックスマガジンを備えたカービンモデルが試作されていたようだ。

めっちゃかっこいい

 装弾数は5発、作動方式はロングリコイル方式である。