north note.

なんてことないミリタリブログ、独断と偏見と趣味と好みとセンスのないチョイスで古いのから現代までの兵器に対し思ったこと調べたことを綴る。

MP 34

 1919年ヴァイマル共和制下のドイツではベルサイユ条約で軍備や武器生産の制限を受けるようになった。そこで1929年にラインメタル社はそれら制限を回避するためスイスのゾロトゥルンにある武器製造会社を買収し秘密裏に新型短機関銃の開発、生産を開始したが、ゾロトゥルンでは設備的問題で大量生産には適さなかったためシュタイアー社に生産を依頼することにした。このときS1-100と呼ばれた短機関銃はMP 34として各国へ配備されることとなる。質の高い材料を使用し、最高水準を保つように生産されたため「短機関銃界のロールス・ロイス」と称されていた。

それまでの短機関銃と同じオープンボルト方式で変わった特徴といえばジャム防止のためにマガジン挿入口が若干前に傾いていることくらいである。弾薬は主に9x19mmパラベラムのほか9.23mmシュタイアー弾と9.25マウザー弾を使用し、装弾数は20発か32発のボックスマガジンやハンドガン用の8発装填マガジンも使用できた。発射レートは毎分600発である。

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生産されたモデルは主にオーストリア警察にシュタイアーMP30の名前で配備され軍にはシュタイアーMP34の名前で配備された。その後オーストリアを併合した後ドイツ軍にも配備されたMP34(ö)の名称で配備された他、ポルトガルにも販売が行われ1970年代までポルトガル植民地における治安部隊に配備が行われていた。欧州の他にチリ、ボリビアエルサルバドルウルグアイベネズエラに輸出され、南米市場では45.ACPを使用するモデルが販売された。中国にも限定的ではあるが7.63x25マウザーを使用するモデルが輸出された。

余談ではあるが1930年代後半に日本軍も短機関銃の研究のために少数を購入したという。

CB-51/CB-52/CB-57

 第二次世界大戦後、再軍備を図っていたスペイン陸軍は新たなアサルトライフルの調達を決定し、銃器設計士ホアキン・デ・ラとカルザダ・バヨ社はStG44をベースとしたCB-57を試作した。

以前もカルザダ・バヨ社はCB-51とCB-52というそれぞれのプロトタイプを設計しており、それらをベースとして設計された。

外見としてはピストルグリップがなくなったStG44のような見た目で弾薬とマガジンの変更がなされた。

オリジナルであるStG44は装弾数30発であったが20発に減少し、使用弾薬も7.92x33クルツの他7.62x51NATOや7.92x40(CB-51とCB-52のみ)、7.92x51を使用し弾薬変更に伴う内部機構の変更などなされたが、ほとんどはStG44のままと言ってもいい代物で、他に違いがあるとすればセレクティブファイア方式でなかったことくらいだろう。

1957年にプロトタイプが完成し、セトメモデルAと競合にかけられたが、結局関心が得られず採用することはなかった。

その後同社が手がけたCB-51含めるプロトタイプはスペイン政府が情報をあまり公開しなかったため、歴史に埋もれた銃となってしまった。 

 

f:id:ostfront1915:20180809160305p:plain CB-51(7.92x33仕様)

 

ãCB-51ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ CB-51(7.92x40仕様)

 

f:id:ostfront1915:20180809160130p:plain CB-52(7.92x51仕様)

CB-57は画像がなかった。残念。

 

Steyr pieper M1908/34

 ベルギーのニコラス・ピエパーはコルト・ベスト・ポケットが成功したのを知り、小型拳銃の将来に可能性を感じ.25ACPを使用する独自の小型拳銃の設計に着手した。そして特許を1907年に取得しオーストリアのシュタイアー社で生産されたシュタイアー=ピエパーM1908/34はその特異な特徴とは裏腹に1930年代まで生産される非常に成功した銃となった。 

           ãsteyr pieperãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 その特異な性質とは6発装填のマガジンを持つにも関わらずブレイクバレル方式も有しており直接装填し射撃することができることで、何故このような機構を取り入れたかは不明だが現在の銃にはあまり見られない特徴である。また、7.65mm弾を使用するM1908は現代的なコッキングインジケーターがついている。

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後ろの出っ張りがコッキングインジケーターで装填されているときはピンが出っ張る仕組みである。

 本銃は1930年代まで生産されたか1920年代で生産が終わったか資料によりまちまちで、成功したわりには生産終了がはっきりしていない銃である。

 

余談ではあるが現在は状態がいいものは960$で取引されているらしい・・・(日本円でだいたい11万円※くらい)

※2018年7月23日時点

世界初のセレクティブファイア式オートマチック銃とは?

 今日民間用を除けばほとんどの銃はセミオート/フルオートの発射機構切り替え方式(セレクティブファイア方式)を採用している。しかし最初にこの機構を採用したのは一体どの銃なのだろうか?

 実際のところ19世紀から研究は進んでいたが過度の弾薬消費の懸念と機構の大型化による重量増加や技術的問題による信頼性不足によりなかなか実現に向かうことがなかったという。

そんな中イタリアのアメリゴ・チェイ=リゴッティ将軍により設計され100挺程生産されたチェイ=リゴッティライフルが世界で最初の歩兵一人が扱えるセレクティブファイア方式採用のライフルと言われている。チェイ=リゴッティは10発か20発のボックスマガジンか50発のドラムマガジンを使用でき6.5x52マンリヒャー・カルカノ弾か7.65x53マウザー弾を使用した。発射レートは最大で900だったと言われているが、資料によりマチマチである。

チェイ=リゴッティは試験射撃で300発を発射したところ排熱による問題が発生しイタリア軍に採用されることはなく、イギリスも興味を示し発注したようだか途中で性能不足と判断され契約を打ち切り、結局採用されることはなかった。

その後BARやMle1915、フェドロフM1916等のセレクティブファイア方式の銃が本格的に登場したあたり、時代が追いついていなかった銃と言えよう。

最初の半自動小銃

 世界最初の半自動小銃モンドラゴンという説が通説だったが最近はそれが誤りであるということがわかった、実はデンマークのマドセン M1888が最初の半自動小銃ということが判明した。

 M1888は要塞での定点防衛を想定していたが、実際に50挺が生産され送り込まれたのが通常の戦場だった為に構造の複雑さから動作不良が問題視されたという。(初期の半自動小銃の例に漏れず汚れにとても弱かったのだ)

M1888は実銃が残っているものの構造がよくわかっておらず、謎銃の一つである。

ãMadsen-Rasmussen 1888ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 その後開発されたのがマドセンM1896でこちらはしっかりとデンマーク軍に採用されたが海軍等への少数配備にとどまっている。コストが高く大量配備には向いていなく、半自動小銃というカテゴリーがまだ軍に理解されてなかったのだ。

史上初の半自動小銃である本銃は輸出も考えられていたようだがコストの問題で結局実現しなかった。

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その後これらの銃をベースにマドセンM1902が設計され、各国で50年以上使用される傑作機関銃となった。

 

ショーシャ機関銃のバリエーション 後編

 前回は試作品から有名なmle1915までを紹介したが今回はその後のバリエーションについて紹介する。

 

フランスの兵器は欧州へ参戦したアメリカ外征軍へ付与されたがショーシャもその例に漏れずアメリカ軍へと付与された物の一つで、アメリカの.30-06弾を使用できるように仕様変更されたモデルが導入された。

ãChauchat m1918ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

それがこのショーシャM1918だが、今日語り継がれるほとんどのショーシャ機関銃の悪評は本銃の評価によるものである。

元々フランス軍の8x50Rルベル弾企画で設計されているので.30-06弾とは相性が悪く、薬室の寸法違いから来る排莢不良の多さや弾薬の発射エネルギーに耐えれず故障するなどあり、アメリカ軍ではM1918はほぼ使われることがなくオリジナルのMle1915が使用されたと言われている。

 

 次はドイツ軍が鹵獲し8x57マウザー弾へ対応するために改造したモデルで、この奇妙な形のマガジンは元の半円型のマガジン接合部へ合わせる形で作られたと言われているが、詳しいことはわかっておらず、謎多き銃の一つである。

 

 他にも中国軍で試作のベースにされ、こちらは7.92x57マウザー弾に対応したものであったようだ。※資料が余りにも少ないため割愛 

 

 

 

ショーシャ機関銃のバリエーション

 今日ショーシャ機関銃といえば悪名高い欠陥銃として有名であるが、そんな銃にも色々なバリエーションは存在した。

 

 まずショーシャの試作品に当たるショーシャ=シュターMle1911軽機関銃がある。この機関銃は使用弾薬や作動方式、装弾数はショーシャと同じであるが、外見的特徴としてマガジンが上部にあることが挙げられる。

発射レートは200~300RPMとこれもショーシャとほぼ同じである。

 

関連画像

 その後1913年に全体を切り詰めコンパクトにしたモデルが作られ、ショーシャMle1913と名付けられた。

諸々の性能は派生元と同じだがこちらは航空機へ搭載され使用されていたようである。

「Chauchat mle1913」の画像検索結果

航空機に取り付けられたMle1913

この2つを経て現在我々の知るCSRG Mle1915が誕生するのだが、この続きは後編にて・・・